夢幻のごとし  平成二年の正月は、おじの家で迎えた。親戚一同が会して、昔で新年を祝った。私は内心、今年も幸先の良いスタートがきれたと嬉しく思った。おせち料理を食べ、酒が進んだ頃、おじが「禅を一言でいづてごらん」と、言った。  おじは現在、W大で英文学の教鞭をとつている。以前から、禅に関する論文を学会誌に発表しているの由。又、おじは私が禅を長期間修していることを知っていた。私は、突然の質問に、困感した。というのも、おじは禅に間する多くの著作は読んでいるかもしれないが、公案禅をやった訳ではなかった。それでも、私は余程「日常底」と一枚にぶつけてみようかと思った。が、考え直して、ごく一般的で形式的な説明に留めた。と言うのも、禅は働きであって、言葉で説明するど概念的になる恐れがあった。 「おじさん、現在の臨済禅は、白隠禅と呼ばれるもので、白隠禅は、とりもなおさず公案を看なければ話にならないのですよ」  その返答に対して、おじはもっと別の言葉を期待していたのか、いささか不満な表情をあらわした。が、その場は、子供たちの邪魔が入ったりして中断されたしまった。その後、私はそのことがずっと気にかかっていたが、残念ながら再びおじの家を訪問する機会を与えられていなかった。  ところが、先日、NHKの宗教の時間で、某禅僧が禅の講演をしていた。この禅僧は三島の滝沢寺の故中川宗淵さんのお弟子さんとのこと。現在、ロスアンゼルスの山中に金剛寺という僧堂を建立して、外人たちを布教しているとのことであった。講演の内容は、その布教活動の一部であつた。それを紹介すると、 師「お前に名前をつけてやりたいが、禅僧では誰が好きか」 外人「一休さんです」 師、少し考えて「それでは一休さんより偉くなるように二休ではどうか」 外人「サンキュー」  この話をしてこの老師は、その時を回想してか、じつに愉快そうに可々大笑した。  次に続いて、 外人「what is Zen?(禅とは一体何ですか?)」 師、ちょつと間を置いて、 「二休や」 外人「ハイ」  この問答に、老師はこれが禅そのものだがなあ、とそう述懐した。残念ながら二休さんにはまだぞれが分からなかったらしい。  私はこのテレビを観て、正月のおじとのやりとりを思い出した。仮に、あの時、私がこのような返答をしたとしたら、おじはそれを理解しただろうか?禅は時として、門外漢には奇異に映ることがある。  そこで、わたしは禅が概念ではないといった問題を、少し西洋の哲学等を借り、触れてみたいと思う。  例えば、すべての哲学の、とくに近世の哲学の大きな根本問題は、思考と存在とがどういう関係にあるかという問題である。非常に古い時代には、人々は自分の思考や認識は自分の肉体の働きではなく、特別な魂のはたらきであると、考えた。  そして、こうした概念が発達すればする程、超世界的な想像や、抽象的世界が創造されていった。神や宗教といったものは、こうした概念の産物である。  ただし、思考と存在との関係という問題には、もう一つの側面がある。すなわち、われわれをとりまいている世界についてのわれわれの思想は、この世界そのものとどんな閣係にあるのか、という問題である。われわれの思考は現実の世界を認織することができるのか、われわれは現実の世界についてのわれわれの表裏と概念のうちに、現実の正しい映像をつくりだすことができるのか?という問題である。このことを哲学の用語では、思考と存在の同一性という。  しかし近世になって、こうした哲学的妄想が、じつにばかばかしいものであり、自然がもっとも根源的なものであるという考えに、至った。我考うから、我在りへ。観念論から、唯物論へ。という発展は、自然現象が、「物自体」であるという正しい認織を証明するこどに他ならない。そして、その証明に、「実験」すなわち科学という新しい方法手段を生み出したのである。  科学、殊に自然科学の分野においては、他の分野に較べて、歴史は連続的な発展をして整合的に成立していると思われる。社会科学においても、自由主義のように自由競争をその進歩の原則としたり、又、唯物史観のように歴史を階級闘争によって発展するものと解しようと、いずれも人類の進歩、社会の発展とする立場に変わりはないのである。    しかし、その科学がその本来とする無制約な発展の背後に、人間本来の在り方を歪め、非人間化するという思わぬ皮肉が顕在化するに到った。近代を近代たらしめた合理性が、当然の帰結として、そうした反省や疑惑に立って見ざるを得なくなったのである。そして、従来のようなオプチミスティックな態度をとれなくなったのである。  そのような状況の中で、禅は一体どのような態度を取っているのか?  最後に、二、三の例を示して禅が概念ではないという説明に変えさせてもらい、この講を終りたいと思う。 その一  禅は他の宗派にくらべて、経典類をあまり使わないといわれている。が、その中で金剛経は割によく禅宗の人に読まれている。金剛経は般若経の一部で、その中に「般若心経」も合まれている。興味深いことにそのサンスクリット写本が、わが日本の法隆寺に保存されている。  「般若心経」は、大乗仏教の根本思想である空の理法を説いている。私はその一部を抜粋して引用してみることにする。  シャーリプトラよ、この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象である。実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。(このようにして)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。(般若心経より)  師はスプーティ長老に向かってこのように問われた。 「スプ−ティよ、どう思うか。如来が、この上ない正しい覚りであるとして現に覚っている法がなにかあるだろうか。また、如来によって教え示された法がなにかあるのだろうか」  こう問われたときに、スプーティ長老は師に向かって、このように答えた。 「師よ、わたくしが師の説かれたところの意味を理解したところによると、如来が、この上ない正しい覚りであるとして現に覚っておられる法というものはなにもありません。また、如来が教え示されたという法もありません。それはなぜかというと、如来が現に覚られたり、数え示されたりした法というものは、認識することもできないし、口で説明することもできないからです」(金剛般若経より)  その二  中国へ初めて禅を伝えたのが、菩提達磨である。  その後、六祖慧能によって、禅は著しく中国化を遂げるとともに飛躍的に発展することになる。北宗禅の祖とされる神秀と、南宗禅の六祖慧能とが、悟りの境地を偈文(宗教詩)であらわしたという伝説は古来から伝えられている。  神秀の偈は、身はこれ菩提樹、心は明鏡の台のごとし  時時に勤めて払拭せよ、塵埃を惹かしむること怱れ  (汚れなき心の垢を取りのぞき本来空の身をば保たん)  慧能の偈は、苦提もと樹なし明鏡また台にあらず  本来無一物 何れの処にか塵埃を惹かん  (汚れなき心と身をば尋ぬれば昨日の空にとぷ鳥のあと)  この二つの偈を比較する時、考えられることは、従来の宗教家や道徳家が、心の根底に、清浄心という心の根源が存在しているかのように見誤っている点である。心も現象界と同じく実体のないものなのである。 その三  南泉和尚は、中国で禅が興隆した唐代において、特に傑出した禅僧の一人である。会下(えか)の陸亘(りくこう)大夫とかわした次の問答は、禅の公案としてもよく知られている。陸亘大夫もまた禅者の境涯の一端を得ていた。 陸亘「肇法師は大へんに奇妙なことをいった。万物は同根であり、是非は一体であると」 (自分も肇法師の意見に同感である) 南泉「大夫よ、多くの人人(貴公も肇法師も)がこの一株の花を見て、夢幻のようなものだと考えているのではないかナ」(社中)