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「チュエンチュエンが消えた夜」 高杜一榮(本文からの抜粋) 「でもさ、パーパは頭に来ているはずよ、だって人買いから高い金出して買 ったでしょう。その元も取っていないうちにいなくなったから」 「うん」 二人の話声がしばらくして消えて、あたりには完璧な暗闇がすっぽり二人 の上に降りてきた。雪玉の瞼には、ナイトクラブに行くまでに馬車の上から 見た街の景色の残像がいつまでも動いていた。それはいつの間にか粘りけの ある緑色の液体となって、かすかな泣き声を出し始めていた。雪玉は景色が 泣くこともあるのか、と思った。
「チュエンチュエンが消えた夜」について この作品は、人身売買が公然と行われていた1870年頃、上海の歓楽の街で暮 らした薄幸な少女雪玉(シュエユイ)と鴬鴬(インイン)の物語。阿片の煙の 中で健気に生きた少女たちの純粋な眸に映じた大人の世界。中国人の女性に読 んで貰ったところ、「実際の遊廓は、もっと過酷だったと思う。優しく描いて いる」と言われてしまった。「過酷だっただろう」と思いやる気持ちが優しく 描いてしまったのだろう。知らない世界を描くというのは、難しい作業だが、 真剣に彼女たちの気持ちに迫れば、真実のいくらかでも伝えらることができる と信じている。阿片の町のあやうい歓楽の中で、必死に生きた彼女たちの真実 の姿の百分の一でも伝えられたらと思う。女性の悲劇を描く際には、深くて永 遠不滅の問題が潜んでいる。ちなみに書くきっかけは「上海繁盛記」という大 正時代の古い史料をみつけて読んでいる時だった。それからフランス租界の史 料も集めて書き出したのだった。ともあれ、彼女たちの鎮魂歌としてこの作品 を捧げたい。
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「おれの水」
高杜一榮(本文からの抜粋) 「ユリアは心配しなくて良い。僕はただの鬱だから」 判で押すように言った。あまりの強い断言に彼女の方がやや安心した顔を した。僕の言葉を信じたような顔だ。それが嬉しかった。とにかく、自分が アルコール依存症であると認識するのはいやだった。だが今日こそはきちん と認識させようと、僕の両肩を抱きしめ、ユリアはまた諭すように呟いた。 「自分の病気を認めなければ前進しないわ」 「いや、僕はアルコール依存症じゃない」 「でも、今の症状は全部アルコール依存症の症状なの。何度言ったらわかる の!」 「・・・お願いだからもっと優しくして」 「・・これでも優しいつもりよ」 「もっと優しくして、恐い顔や強い声は僕嫌いなんだ。おふくろを思い出す から、僕は静かに言えばすぐ判るんだよ」
「おれの水」について 若年層にアルコール依存症が増えているということを知ったのは再婚した時で あった。それまで自分の周囲にアル中とかアルコール依存症の人を見たことも なかったし、家族も友人もそうではなかった。その後再婚相手がアルコール依 存であったのを知ったのは、再婚してから半年位した頃だった。元夫も彼の母 親も真実を語らなかった。そのため自分はその症状をあまり深刻に感じてはい なかった。だが急死されてはじめて、ようやくアルコール依存を隠すことの危 険を知った。その体験で描いたこの作品は、わたしと元夫の合作ともいえる。 アルコール依存症に気付かないで今でも酒を呑み続けている人は読んでいただ きたい作品です。
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